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長崎丸山ぶらぶら旅投稿日 2013.8.30

旅行者
吉野りり花
旅行先
長崎
旅行期間
2013.08.26~2013.08.27
テーマ
1梅園身代わり天満宮のおみくじ
  • 長崎ぶらぶら節ゆかりのまち
  • 路面電車の音
  • 思案橋から
  • 史跡料亭花月
  • 長崎検番
  • 梅園身代わり天満宮
  • 坂道の美しさ
  • ほんとうのオランダ坂
  • 出島和蘭商館跡へ
  • 出島ワーフへ

長崎というと皆さんはどのようなイメージをお持ちでしょうか。日本が鎖国政策をとっていた江戸時代、国内で唯一オランダ・中国との貿易が行なわれていたのが長崎の出島。舶来文化がいち早く入ってきた長崎では、グラバー邸や孔子廟といった異国情緒あふれる場所が市内を代表する観光地となっています。ですが、この街の魅力は異国情緒だけではありません。今回訪れたのは丸山花街。エキゾチックな長崎にありながら、日本らしいしっとりとした風情を感じさせてくれる場所です。

路地端にも芸子さんが

江戸の吉原、京都の島原とならんで日本三大花街のひとつとされた丸山花街は、吉永小百合さん主演の映画『長崎ぶらぶら節』の舞台にもなった場所です。吉永さんが演じた愛八は、明治時代から昭和初期にかけて実在した伝説の芸子でした。ぶらぶら節とは長崎に伝わる民謡で丸山のお座敷でも謡われていたもの。様々な歌詞があり、それぞれに自由に歌われていました。ぶらぶら節を後世に残そうと、愛八はその歌詞を集め、のちにぶらぶら節をレコードで発表します。『長崎ぶらぶら節』は吉永さん演じる愛八のひたむきな美しさが印象に残る映画でした。日頃から遊郭跡や花街を歩くのが好きな私。長崎を訪れるのはこれが8回目で、主要な観光地はすでに訪れていたこともあり、今回は愛八さんの面影を追いながら丸山を歩くことにしました。

路面電車(提供:長崎県観光連盟)

長崎は路面電車のまち。ちょっとした距離でも路面電車での移動が便利です。長崎の道を歩くと驚くのが聞こえてくる「音」。車の往来も多い上、電車の音もあいまってかなりの大音量で、その音は騒音という意味でも結構なものです。東京では数キロ位なら歩いてしまう私ですが、ここは迷わず路面電車で。長崎駅前から長崎電気軌道の路面電車に乗り込み、思案橋を目指します。外から聞くと耳障りだった音も車内で聞くと心地好く聞こえるから不思議です。ゴトゴトと電車がゆれる音、昔ながらの発車ベルの音。車内の蒸し暑さも長崎らしさと感じられます。私が育った鹿児島でも市内には路面電車が走り、市街地を移動する時はいつも路面電車でした。懐かしい音にノスタルジックな気分を味わいつつ、思案橋で電車を降ります。

路面電車

思案橋アーケード

思案橋界隈は一大歓楽街。アーケードと反対側に降りると、駅から路地を入ったところには飲み屋街が続いています。一口餃子の雲竜亭やちゃんぽんの天天有の店も駅からすぐ。食べていきたいところですが、この日はまだ開店前だったので、丸山花街方面へ歩きます。3~4分坂を登ると、見返り柳の向こうにどっしりとした店構えのカステラ福砂屋本店が見えてきます。福砂屋のお店は全国のデパートにもありますが、本店のものは一味違うんですよね。長崎に来たら開店時間にあわせて行列のできないうちに福砂屋へ。これが毎回愉しみだったりします。

丸山公園の坂本龍馬像(提供:長崎県観光連盟)

長崎では丸山町と寄合町の界隈を総称して丸山と呼ぶそう。ちょうど丸山の入り口あたりに丸山公園がありこの地で活躍した坂本龍馬の銅像があります。公園から道を挟んだ隣には丸山町交番が。本当にこれが交番?と思うようなレトロな洋館です。丸山町交番の前を左折して坂道をのぼると史跡料亭花月が見えてきます。花月は江戸時代から幕末、そして明治時代にかけて、国際人の社交場となった場所。大広間の床柱には坂本龍馬が残したといわれる刀痕があり、愛八さん直筆の歌本も残されています。花月はいまでも料理屋として営業していて、長崎名物の卓袱料理を味わうことができます。そして花月の先に見えるのが長崎検番です。

長崎検番

丸山遊郭が誕生したのは寛永16年のこと。最盛期には143人もの遊女がいて、その賑わいぶりは井原西鶴の『日本永代蔵』には「長崎に丸山というところなくば、上方の金銀、無事に帰宅すべし」などと書かれたほど。料亭や料理屋のお座敷で芸を披露する芸子たちの手配や送迎、精算などを行ったのがこの検番です。長崎検番の横から路地に入るとまた坂道。料理屋が点在し今にも三味線の音が聞こえてきそうな粋な路地です。道ばたのレンガにも芸子さんの絵が描かれています。花街の華やぎを想像しながら坂道をのぼります。

 

 

丸山の路地

梅園身代わり天満宮の鳥居

長い坂をそろそろ登りきるあたりで現れた白い鳥居が梅園身代わり天満宮の入り口です。梅園身代わり天満宮は丸山の氏神様。その昔、槍で襲われた人が家に帰ると傷もなく、代わりに庭の天神様が血を流して倒れていたという言い伝えがあり、身代わり天満宮として信仰されるようになったとか。丸山の遊女達も自分達の身に大事がないようにと足繁く参拝したそうです。小さなお社の境内では、梅の木におみくじが結ばれていました。遊女たちもここでおみくじをひき、梅の木に結んだことでしょう。彼女たちの願いはどんなものだったのか、どんな思いでこの坂を登ったのか…と想像しながら参拝しました。映画では愛八さんが息絶えた場所。境内には長崎ぶらぶら節の文学碑も建てられています。

 

梅園身代わり天満宮境内

美しい坂道

梅園身代わり天満宮の少し先には中の茶屋。長崎ぶらぶら節で「遊びに行くなら、花月か中の茶屋」と謡われた茶屋の庭を散策します。中の茶屋のお庭から長崎市街を見下ろしながら気づくのは、この場所が高台にあるということ。長崎湾をぐるっと囲む長崎のまちは本当に坂が多く、どこに行くのにも海沿いから山方面に坂を登っていく感じなのです。とくに路地裏に入ると、有名なオランダ坂のような広い坂道ではなく、せまい坂道がくねくねと続いていて、それがまた長崎らしい。坂道を登っては、数段階段を登り、また坂道。こういう道を歩くと、ああ、今長崎にいるんだなぁと感じます。妙に嬉しくなってきょろきょろしながら歩いていると、汗をふきふき自転車を押しながら坂を登ってきた郵便配達さんが「こんにちは!」とにっこり挨拶してくれました。

ほんとうのオランダ坂

中の茶屋から坂を登りきると今度は長崎電気軌道の正覚寺下駅方面へと坂道を下ります。この道は丸山オランダ坂と呼ばれる坂道で、名前の由来はいくつかあるそうです。ひとつには、丸山の遊女たちは鎖国時代にも出島のオランダ商館への出入りを許されていたため、この道を通って玉帯橋に出て、出島まで船で行き来していたことから、オランダさんゆきの遊女が通る道ということでオランダ坂と呼ばれたという説。もうひとつは居留地の外国人(オランダさん)たちが西洋料理店に行く際、丸山遊郭をさけてこの坂を通ったからいう説。どちらの説にしても丸山という場所、そして遊女たちという存在の特殊性がうかがわれます。

カピタン部屋

丸山オランダ坂を下りきると正覚寺下の駅につきます。愛八さんをしのぶ丸山散歩はここでおしまい。やってきた路面電車に乗り込み出島を目指します。出島ではかつて貿易が行われた商館跡地に商館が再現され、小さなテーマパークのようになっています。商館での暮らしや貿易の様子を再現した建物を見学しながら歩き、カピタン部屋へ。ここにはカピタン(商館長)の晩餐を再現した部屋があり、その横には丸山遊女達の控え室も再現されていました。遊女達はさきほど歩いた丸山オランダ坂を通り、船に乗ってここまで来ていたんですね。

観光丸

出島の見学を終え、施設を出ると海はもうすぐそこ。海沿いの出島ワーフには長崎港を臨む海沿いにレストランやカフェが並んでいます。潮風にあたりながら散策しお茶を飲もうと「デリシャスレストラン・アティック」へ。この店にはラテアートで坂本龍馬の顔が描かれた「龍馬カプチーノ」があります。テラス席に座れば海は目の前。波止場にはドラマ『仁』のロケでも使われた観光丸が停泊しています。龍馬が闊歩し、オランダさんが住み、遊女達が歩いた街・長崎は何度訪れてもその度に新しい発見のある街。8度目となった今回の長崎の旅でもまた新しい顔を見ることができました。いつ来ても、また来たいなぁと思わせてくれる、そんな魅力のあるまちなのです。

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