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天空の城・兵庫県竹田城跡投稿日 2013.8.13

旅行者
吉野りり花
旅行先
兵庫
旅行期間
2013.02.12~2013.02.13
テーマ
南千畳
  • 廃城を旅する
  • 竹田城跡へ
  • レトロ駅舎と寺町通り
  • 豪壮な石垣
  • 昔に思いを馳せて
  • 空に浮かぶ城跡
  • 雲海が見られる日
  • 心をからっぽにできる場所
  • 悲劇の城主、その願い

廃墟というのはどうしてこんなにも人の心をひきつけるのだろう。かつては人々が暮らした場所。笑いさざめき、泣き、笑い。たくさんの人の営みがあって、やがて誰もいなくなった。住人を失った場所に、建物だけが残り、長い時間をかけて風雨にさらされ、やがてほろびゆく。そこにあるのは美しすぎるくらいの静謐。でも、無言で何かを語りかけてくる。廃墟を歩いていると、遠い昔にそこにあった暮らしがまるで自分が体験したかのように鮮やかに脳裏に浮かぶ。今年、廃墟と呼ばれる場所に取材に行く機会が数度あった。まず城主を失って廃城となった兵庫県の竹田城跡へ。それから海底炭坑が閉鎖され廃墟となった軍艦島へ。行ってみてわかった。廃墟を旅すると、不思議なくらいあたたかい気持ちになる。

本丸跡から南千畳

兵庫県の但馬地方にある竹田城跡は“日本のマチュピチュ”とも呼ばれる。山名宋全の家臣であった太田垣氏によって築かれた山城は1600年に落城。主を失った山城は数百年という長い時間をかけて自然廃城した。人の手によって壊されたわけではなく、雨や風にさらされ、少しずつ崩れて今の姿になった。かつては豪壮な縄張りを誇った山城に今残っているのは山上に張り巡らされた石垣だけ。残された石垣は、山の上に六芒星のような不思議な紋様を描き、秋には雲海が発生して、雲の上にぽっかりと浮かぶ。私が竹田城跡を訪れたのはまだ雪がちらつく季節のこと。雲海は見られないかもしれないけど、美しい場所だから。心が洗われるような風景が見られるから。そう聞いて、竹田まで足を運んだ。

竹田駅

JR播但線の竹田駅に降りると、出迎えてくれたのはひなびた山間のまち。明治39年に建てられた瓦葺きのレトロな駅舎に、しんしんと雪が降って。雪の音まですいこまれてしまいそうな、静かな朝。駅横にある大人でもかがまなければ通れないような通路をとおって裏側に出ると寺町通りという歴史散策路がある。

 

 

 

山頂を臨む

小川には鯉が泳ぎ、小川にそって数軒の寺と、それから神社が連なっている。道沿いにはお地蔵さまがたたずんでいる。なにかにあたたかく守られているような、そんな場所。竹田城跡に登る前に、氏神様にご挨拶しよう。そう思って表米神社へにお参りした。参道の長い階段を登りながら古城山を見上げると、朝日に照らされた山頂にはくっきりと城跡が浮かび上がっている。

寺町通り

竹田城跡への登山道はいくつかある。寺町通りに入口がある駅裏登山道は、距離は短いけれども急勾配の山道。雪の日はすべる可能性もある。表米神社からの登山道は現在は通行止めとなっている。タクシーで西登山道を通り中腹駐車場まで行けば、ゆるやかな道があるからそちらから登ることにした。

 

 

 

穴太積

城跡への階段をしばらく登るとどっしりとした立派な石垣があらわれた。竹田城の石垣は織田信長の安土城と同じ穴太積(あとうづみ)。かつては南北約400メートルの豪壮な城郭を誇った山城で、縄張りと呼ばれる平面構成の美しさもこの城の魅力。石垣は間に詰めた石がとれるようになっていて敵が攻めてきたときには石が落ちて登りにくいし、迎え撃つ側は石を投げて敵を攻撃することもできる。

井戸の跡

花屋敷跡は城の厨房であったところ。かまどの跡があり、花屋敷近くの山中には井戸の跡もある。竹田城は山城なので食材は下から運び、ここでかまどと水を用いて煮炊きをしたのだという。数百年前、山城に暮らす人々がこの場所で食事をしたり酒盛りをしたりしていた。そう思うと不思議な気持ちになる。山頂を目指しさらに歩くと、足元の土の中には瓦のかけらが。自然廃城した竹田城の瓦だ。城が崩れ、瓦が落ち、そのまま風化した。そう、かつてここには確かに城があったんだ。数百年経たいま、その証を、自分の眼で確かめる。ここにいると、目に映る色々なものが数百年の時の流れを感じさせてくれる。

南千畳

南千畳から見上げると本丸天守の豪壮な石垣が。この上にあったであろう竹田城の姿を想像しながら歩く。山頂が近づくにつれて、下からは強い風が吹き上げてくる。よろめきながら、本丸跡によじのぼり、見下ろして驚いた。南千畳に残された石垣が六芒星のように不思議な幾何学模様を織り成している。

 

 

 

南千畳2

遠くに山々を見晴るかすなか空中にせりだした石垣が空に浮いているようだ。それは、まるで古代遺跡のよう。日本の景色なのに、外国の遺跡を見ているようで。そうか、だから日本のマチュピチュなんだ。日本にこんなところがあったなんて。日本って広い。本当に広い。目の前の景色に圧倒されながら、夢中でシャッターをきる。

竹田城付近には秋から冬にかけて雲海が発生し、雲海が出ていれば、南千畳の石垣が雲の上に浮かんでいるように見える。雲海はいつでも見られるわけではなくよく発生するのは9月~11月の間。よく晴れていて、湿度が高く十分な放射冷却があって、朝方と日中の気温差が大きく、風が弱い日。時間は明け方から午前8時くらいまで。雲海は城下を流れる円山川から発生する霧によって発生するので但馬地方に濃霧注意報が出ていれば雲海が発生する確率も高い。この数々の気象条件が揃った時だけ、雲海に出会える。雲海に出会えるかどうかは、運次第。地元の人ですら完全に予想するのは難しい。

三の丸から竹田を臨む

多くの人は雲海が見たくて竹田城跡を訪れるという。でも、雲海が出ていなくても、この場所は特別だ。かつて山城に暮らした人々のことを想像しながら数百年の時の流れに思いを馳せて。さえぎる物も、人工物もない山頂で古代遺跡のような絶景を眺める贅沢。山頂から竹田のまちを見下ろすと円山川や田畑が太陽の光を反射してキラキラと輝いていて。

ベンチ

 

 

山頂のベンチに腰かけて頭をからっぽにして。大きく深呼吸をする。ここに来たら、イヤなこと全部忘れてしまったって笑顔になって帰る人も多いという。

竹田城の最後の城主は赤松広秀。関ヶ原の役では西軍に属し、その後鳥取城攻めに加わったが大火の責任を問われ自忍。遠征に出たきり、ふたたび竹田城に戻ることはなかった。これによって竹田城跡は廃城となる。自分の城に戻ることができななかった城主は最期にこの城からの眺めと、竹田のことを思い出したんじゃないだろうか。願わくば、あの城に戻りたいと。

縄張り

動乱の時代、歴史に翻弄された山城もいまや廃城となって静けさに包まれている。秋には雲海に浮かぶ、天空の城。古代遺跡のような、日本のマチュピチュ。山頂のベンチは「恋人たちの聖地」にも選ばれた。竹田城跡はいくつもの顔を持って旅人に無言で語りかけてくる。その声に耳をすましながら山を登れば山頂で待っているのは何もかもを忘れさせてくれるような風景。竹田城跡はそんな不思議な場所だ。心をからっぽにしたくなったら、訪れてみてほしい。空に浮かんだようなすがすがしい気持ちになれるはずだから。

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  • 雲海が見られる日
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